摩耶花壇跡でBBQをしませんか?            2024年7月13日(土曜日)と7月28日(日)に場所を解放する予定です。 食材や機材を持ち込みの場所提供の形式です。

 

 永年にわたって、「摩耶花壇跡」の整備を進めて来ましたが、2024年7月13日(土)と7月28日(日)に 食材やコンロ、燃料など持ち込み形式で広場を解放し、BBQを楽しんでもらおうと考えています。

入場料:大人一人¥500-、子供¥100-とし、一部の機材や道具の貸し出しも考えていますので、ご検討ください。。

詳しくは「マヤ暦」7月号や別刷りで配布するパンフレットや当ホーム頁の追加記事でお知らせの予定です。 
問い合わせ先:ja3dfm@gmail.com 摩耶花壇再生の会代表 横尾能範 090-3358-1004

 

2022/7/16  整備作戦も一段落し、昨年お預けになったセミプロスタッフによる本格的BBQ(参道広場にて、これでもテント1張りです)

 擁壁サイトにテント張ってのお試しキャンプ 早朝にフクロウが複数でボーボーとか(擁壁広場)
4月16日 テラスからの落下防止の柵を検討、毎年咲く菜の花が遠慮気味にチラホラ
我々は日勤帯に地ならし作業、帰宅後にはイノシシ君らが出てきて掘り返しの夜勤作業(2022/4/2)
、大坂湾を見晴らす陽ざしの下で昼食(2022/3/27)
3月27日、遺跡の裏にこっそり建てた パウダールーム の屋根張り(ご婦人と幼児の化粧室)

12月18日(土)バンガローの内装が竣工。佐藤家族が初夏から手掛けた力作。 テーブルとベンチの折りたたみで山小屋風キャビンに早変わり。窓からは大阪湾一帯が垣間見えます。

バンガローサイトの整地、重機が入らないので全てが昔ながらの人力作業です。

  11月13日のBBQ大会
公認インストラクター指導による公開BBQを予定していましたが、摩耶ケーブルが予期しない長期運休のためにやむを得ずを中止しましたが、この通り。

「歩いて登ってでもやりたい!」「ロープウエイで山頂から降りてでもやりたい」との声に押されて「食材持参・会費なし」で実施した結果がこの有様。

2021年度の活動:
2021年度(2021/4/1~翌/3/31)は、摩耶花壇跡の敷地約2500㎡の各サイトの環境を整え、より多い会員の憩いの場造りを目指します。具体的には、大阪湾を望む高原広場や神戸ハーバーランドを垣間見る擁壁サイト、風通や見晴らし抜群の天守台バンガローのサイトなど、会員の家族や友人たちがテントを張ったりシートを敷いての団らんなど、自然豊かな環境でゆっくり憩える場所作りを、土曜、日曜を中心に月に4~6回のペースで行ないます。


10月24日(日) :手前は土木部が開墾を始めた擁壁サイト。今回はそのサイトの水勾配を配慮した整地に励む奥野氏、奥側は摩耶花壇遺構下傾斜地の整地を目指す奥野夫人と栽培手入れが得意な山下氏とS女史



10月9日夕方:ランタントワイライトハイクと同じ時間帯に
いつものメンバーが集まってトワイライト茶話会をしました。

「高原広場」:多くの人が集まって、野外音楽会など何かイベントが出来ればいいな、との思いで整地。芝が生えてきましたが雑草も負けずに顔を出してきて大変。(三浦班)。
参道広場:参道から見えるこの広場。 広場南端から 3mほど内側に、旧レストランの建物とテラスとの境界と思われる立派な縁石が現れた。ここから先を英国風ガーデンにしたいと朝加案。


7月17日: 擁壁サイトの整地開始に、 摩耶山土木部メンバーが応援。キャンプ地に使えそうな雰囲気にとなり、バンガロー広場に続く小径も昔の姿が見えてきた。

6月26日(土):①バンガローの内装工事(佐藤班) ②参道広場南側の雑木払と草刈(福井班)③バンガローと高原広場間の小径整備(森迫、原水、矢島、奥村、横尾)


6月26日 5名で朝から夕方まで1日掛かりの工事でした
①バンガローの内装工事(佐藤班)②参道広場南側の雑木払と草刈(福井班)③バンガローと高原広場間の小径整備(森迫、原水、矢島、奥村、横尾)

5月23日:5月の連休中に天守台の整備をしたグループの引き続きの活動。

「天守台」の開墾と発掘: 見晴らし・風通し・日照と木陰など、まさに「天守台」に相応しい場所なってきました。
5月23日 の発掘作業で、20㎡ 位の長方形の遺構が現れた。遺構の床面はコンクリートで覆われて岩風呂(サウナ)があったという伝説の裏付けかも?(写真左上がハーバーランド方面)

5月17日:はや梅雨入りとか。5月1日の土木部による「高原広場」の開拓作業で大きな切株や雑木の根が掘りこされた後、耕運機と鍬で笹の根を取り除き、レーキで平らに均した。

5月17日:5月1日の土木部による「高原広場」の開拓作業で大きな切株や雑木の根が掘りこされた後、耕運機と鍬で笹の根を取り除き、レーキで平らに均した。 (耕運機の奥がレーキ済、手前はレーキ前)

5月8日:連休中に通りがかった山好きの家族(紺色衣装)が摩耶花壇再生活動に興味を抱き、バンガローの内装整備一式を引き受けてくれることになった。

5月4日(火):天守台の開拓:切り株起しや20㎡位の建物遺構の発掘に取り掛かる。4番目の水槽があることや、時代物の紳士用便器を発掘。残りの作業を5月23日に引き継くことになった。

ご婦人方の大活躍。大正時代の紳士用便器が多量に出土、 Oriental Ceramic の名があり輸出用か?(天守台)

5月4日(2)ソーラパネル移設作業、飛び込みの英国若者がソーラーパネル用ケーブルの埋設工事を引き受けてくれました。

通りがかりの英国若者に「手伝ってもいいよ」と言ったら本気になって、地下ケーブル埋設工事を請け負ってくれた。今後も当地の眺望拡大とキャンプに期待するとか。(バンガローサイト)

5月3日(月):敷地東端にある高低差4m、道のり12mの小径に階段を設けるプロジェクトを開始。

バンガローサイトと高原広場を結ぶ小径(下半分)の整備開始

5月2日(日) :5月1日の土木部活動で残った巨大切株の残りを 斧、鍬、ハンマー、ウインチ、クリッパーなどで片付けました。(Brad、行き掛かりの景子、前川、石見、横尾)

米国ミネソタ州国立公園で同様な仕事のアルバイトをしたという某私大外国人教授と飛び入り参加の海外渡来の女性(5月2日)

5月1日(土)は、摩耶山土木部が主になって高原広場の整地(総勢20名)。

高原広場の整地作業:大人15人、子供5人で整地開始。2021年5月1日
大きな切株は、手製の三脚タワーと手動ウインチで引き抜きました。

日本三大夜景で賑わう摩耶山。 
ケーブルの中間駅「虹の駅」から西に向かう石段道を150m、摩耶観光ホテル跡の西方250mの参道脇に眠る「摩耶花壇跡」は遺跡なのか、廃墟なのか?

摩耶花壇

在りし日のレストラン「摩耶花壇」
摩耶花壇の沿革と年表、史料紹介の㌻へ

遥か平安から鎌倉そして江戸時代に信仰の対象として、高野山と肩を並べた摩耶山・天上寺。
大正の末に、参拝者で賑わう参道の八合目辺りに合流できるケーブルカーが開通。

その合流点に突如と現れた大正モダニズム建築の館が、初代の「摩耶花壇」。
お寺参りとは異質な、料亭の別館を意識して名付けた「摩耶花壇」が、お寺と如何に関わり、受け入れられて人々を呼び、幾多の変遷を経ながら忘れられて廃墟へと化したのか? その歩みと時代背景を辿る。

以下、5つの側面からの映像概観

 

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