摩耶花壇再生の会 活動予定

  
4月19日(第3日曜日)10時半ごろから(バンガロー修復と付近整備作業)
5月3日(第1日曜日) 摩耶花壇 公開イベントを予定

最近の活動  記録

 4月5日(日)<実施済> バンガローの四隅柱の垂直補整とカスガイ打ち。、腐食した梁の補強など(原水、朝加、前迫、横尾)

3月22日(第4日曜日)<実施済> 10時20分の登りケーブにて現地10時半ごろ集合。(勝間、原水、朝加、横尾、北野)バンガロー基礎部分の荒治療の後、基礎四隅のブロックの水平を取り、その上に四角の根太を設置し、スケルトン状の小屋骨組みを乗せた。昼は1時間の食事もそこそこに、二坪バンガローの位置決めや、直角、直立などの修復作業をしました

月15日(第3日曜<実施済> 摩耶花壇 第二再生プロジェクトの始まり。当日はバンガロー補修用の柱や床材、ブロック6ケなどを、三浦さんの軽トラを借りて10時過ぎのケーブルで運び上げました。  (勝間、國次、朝加、原水、横尾、中村) ①斜面に建つバンガローの屋根スレートを除去し、基礎部分の切開や切断手術の途中で、次回に備えた。

2月2日(第1日曜 <実施済> 10時半頃集合、彼岸花の苗50本位を持参し、参道沿いの柵の下付近に植えつけ。 道端広場の東側、滝と滝壺風の石垣に生える灌木の伐採と石垣の安定化。 道端広場周辺の植栽計画の話し合い。 参加者:朝加(加古川)、寺戸、久保親子、中村(堺市)、國次、石川、横尾、前迫(豊中市)




日本三大夜景で賑わう摩耶山。 
ケーブルの中間駅「虹の駅」から西に150m、摩耶観光ホテル跡の西方250mの参道脇に眠る「摩耶花壇跡」は遺跡なのか、廃墟なのか?

摩耶花壇

在りし日のレストラン「摩耶花壇」
摩耶花壇の沿革と年表、史料紹介の㌻へ

遥か平安から鎌倉そして江戸時代に信仰の対象として、高野山と肩を並べた摩耶山・天上寺。
大正の末に、参拝者で賑わう参道の八合目辺りに合流できるケーブルカーが開通。

その合流点に突如と現れた大正モダニズム建築の館が、初代の「摩耶花壇」。
お寺参りとは異質な、料亭の別館を意識して名付けた「摩耶花壇」が、お寺と如何に関わり、受け入れられて人々を呼び、幾多の変遷を経ながら忘れられて廃墟へと化したのか? その歩みと時代背景を辿る。

以下、5つの側面からの映像概観

 

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開業の報道記事に、辿り着くまで

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