摩耶花壇

日本三大夜景で賑わう摩耶山。
ケーブル「虹の駅」から西に150m、摩耶観光ホテルからも西に250mの参道脇に眠る摩耶花壇跡は、マヤ遺跡なのか、廃墟なのか?

摩耶花壇
摩耶花壇の沿革と年表、史料紹介の㌻へ

遥か、平安から鎌倉そして江戸の時代に高野山と肩を並べた摩耶山・天上寺。
多くの参拝者で賑わう処へ、大正14年になって誰もが参道の八合目辺りまで登れるケーブルカーが開通して参道に合流。

その合流地に突如と現れた大正モダニズム建築の洋風レストラン。
お寺参りとは異質な、高級料亭をイメージして名付けた「摩耶花壇」が、お寺と如何に関わり、受け入れられて、多くの人を呼び、そして忘れられて、廃墟へと化したのか? その歩みと時代背景を辿る。

以下、5つの側面からの映像概観

 

建物の概要説明や、食堂内部写真の㌻へ
 
 
開業の報道記事に、辿り着くまで

史料紹介の㌻へ